今日もお立ち寄り有難うございます。
さて、皆さんは戦時中に日本共産党員はどうしていたんだろう?と思ったことはありませんか?
ソ連コミンテルンの指導で「一国一党」制度に従い、朝鮮人共産主義党員のうち、在日は「日本共産党員」となり、満州(満州は中国に非ず)や中国大陸にいた朝鮮人共産主義者は「中国共産党員」となりました。
そして、日本では「共産主義(コミンテル)」の存在を危険分子とした扱いですので、当然、日本共産党員は中国共産党の根拠地である延安で暮らすことになります。
『マオ 誰も知らなかった毛沢東』ユン・チアン&ジョン・ハリディ著
「延安では、万人に平等なものは三つしかない—日光、空気、それに便所だ」といった皮肉が口の端に上った。
特権制度は、日本共産党員や捕虜にまで及んだ。
彼らの中で正式にセックスが許されていたのは、リーダーの野坂参三ただひとりだった。
「毛沢東は彼に機嫌よくしてもらいたかったのです」と、※捕虜として延安にいたことのある日本人が著者に語ってくれた。
「それで、毛沢東は彼の相手として女性同志を提供したのです……われわれは文句を言いませんでした—少なくとも公然とは。みんな不満はありましたが、胸の奥にしまっていました」
どれほど失望しても延安から出て行くことはできないという掟に、やがて若者たちは気づいた。 延安を出ようとする行為は脱走とみなされ、脱走者は処刑された。
延安は、地域全体が刑務所のようなものだった。
延安以外の場所は、ほかの革命根拠地も含めて「外面(ワイミエン)」と呼ばれていた。
※この当時の日本人捕虜は、日本軍ではなく満州で働いていた人物かと思います。
『人民網 日本語版』2005/09/04
奉天の土建会社で働いていた日本人二人が中国共産党に拉致されました。
そのうちの一人、前田光繁(別名*杉本一夫)は中国共産党によって「洗脳」された人物です。
後に、日本人皆殺しの「通州事件」のような事件「通化事件」にも手を貸し、ソ連よって強制連行されシベリア送りとなり、その後に中国共産党(撫順)に引き渡された日本兵の「洗脳」にもかかわるようになります。
そして…撫順で洗脳された「中国帰還兵」たちは、率先して「南京大虐殺」は自分たちが犯したと証言をしているのです。
本人達の特徴は、実にあっけらかんとしていて、自分たちが証言している内容に矛盾があっても…それがどんな重大なことなのか…何も理解できてないところにあります。
彼らはかなり高齢になっていても、「証言者」として中国共産党に引きずり回されているのですが、そのことすら苦痛にも感じていないのです。
『人民網 日本語版』
会員資格は「中国を侵略して戦犯となり、中国の寛大政策により帰国したもの」としている。
活動
731部隊・南京事件・強制連行などについて積極的に証言し、証言者への協力を行うことでも知られている。
最後までお読みくださいまして有難うございます。
リンクフリーの記事です。皆様のお役に立てれば幸いです。