エドガー・スノー『中国の赤い星』に騙された若者

今日もお立ち寄りくださいまして有難うございます。

 

 2019.5.11の記事【最近、中国に関わる怪しい「日本悪玉論的」なコラムが増えてきた】の記事の中で、「エドガー・スノーが書いた毛沢東の宣伝本『中国の赤い星』」が出鱈目だったことを書きましたが、もう少し詳細に書いておこうと思います。

最近、中国に関わる怪しい「日本悪玉論的」なコラムが増えてきた - 姥桜

 

戦後すぐの青少年たちがGHQ占領政策により“洗脳(日本侵略国家&軍国主義の日本が国民を騙していたという話)”されてた結果、中国共産党日本共産党の“罠”に掛ってしまった典型的な実例ではないかと思います。

   

【オヤジとわたし 頂点をきわめた男の物語/田中角栄との23年】

早坂茂三

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> いま思い返してみても、あの当時の新聞は許せない。 “米英撃滅”の旗振りの先頭に立って、大本営の言う通りにウソ八百の記事を書き立て、国民をだまし続けてきた。

 それが戦争に負けたとたん、てのひらを返した。 今度は米英礼賛です。民主主義だ、人民第一だとぬかす。

 私は子供心に、新聞は許せないと思った。

(中略)

 あのころ「米よこせデモ」があって、私たちもプラカードをつくって参加した。青空の下、中学生、女学生もずいぶんおりました。労働組合と一緒になって、2000人ぐらいのひどい身なりの人たちがすきっ腹をかかえて北の港町をデモして歩いた。これが、青春中期のスタートでした。

 

マリア様なのかも知れない

 そんな頃のある日、私はエドガー・スノーが書いた『中国の赤い星』を読んだ。筑摩書房から仙花紙のザラザラの紙で出版された本です。宇佐美誠次郎(※東京帝大経済学部卒。マルクス経済学者。大原社会問題研究所長。法政大学経済大学博士。さんの翻訳でした。

 

 これを読んで、私はびっくりした。何に驚いたのか? 戦争中、私たちが“赤い匪賊”だと教えられていた中国の八路軍は、村へ入っていくと、野菜だとか、イモだとか、麦だとかを時価で買いとっていたというんです。 便所は民家から20メートルぐらい離れたところに5,6メートルの穴を掘って、そこでみんな用を足して、村を離れるときはきれいに穴を埋めてから出発して行く。

 針一本、糸一筋を借りるときにも全部、金を払った。大金持ちがひとり占めしていた土地を取り上げて村の人たちに公平に分配し、借金の証文など全部、焼き捨すてて、自治組織をつくる手伝いをしてくれた―。

 

 アメリカの若いジャーナリストが情熱的に綴った文字を、私は全身で読みました。

そして、毛沢東周恩来朱徳……という人たちの精神の高さに打ちのめされるような気がしました。

 

 それと前後して日本共産党徳田球一、志賀義雄、神山茂夫宮本顕治……こういう人たちが、東京の府中や北海道の網走刑務所の小さな穴ぐらに14年から18年もの間、戦前の非人道的な秩序や戦争への動きに反対してぶちこまれ、節を曲げなかったことも知った。

 私は少年の心で、今後の日本はこの人たちが引っぱって行かなければならないと思ったものです。

 

 こういった経験が土台になって、私はやがて左に傾いていく。

同時に日本基督教団相生町教会で牧師の話を聞いたり、文学作品を読みふけって、子供ながらに足場を求めてもいた。

(中略)

 大隈講堂で新入生歓迎会が開かれていて、私も出席するつもりで、講堂の前まで行ったら、地下の小講堂で日本共産党早稲田大学細胞委員会の主催する新入生歓迎会があった。上か下か。私は何となく面白そうだと思って、上へは行かずに下に降りていった。

 この上か下かが運命の岐れ路でした。 以下略

 

戦前、戦後の帝大は「マルクス主義者」ばかりだったのではないでしょうか。

当時の教師の頭をポンと叩けば、陳腐的血色人マルクスの音が鳴り響いていたことでしょう。

こういった血色人(知識人)は、人間のリアルな生活を経験していない富裕層の出が多いので、非現実的で空想的な理論に騙されやすいんですね。

 

ここでも、「基督教会」が出てきましたね。

日本カトリック正義と平和協議会の活動をよく知るために

 「YMCA(キリスト教青年会)」などという団体も極左と同じ動きをしていますので、気をつけた方が良いです。

百万人署名運動 - Wikipedia

>とめよう戦争への道!百万人署名運動は日本全国50数か所の連絡会活動による各地域ごとの労働組合や地方議員、キリスト教社会派のネットワークづくりを追求し、有事法制に反対する署名運動を行う反戦平和運動である。

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(※西川重則は、中国共産党対日工作団体・「世界抗日戦争史実維護連合会」の活動に従事しています)

 

日本国内で、新左翼団体(※過激派である中核派(※革命的共産主義者同盟全国委員会との関与が指摘されている。1997年9月に38人の呼びかけ人によって「日米新安保ガイドラインと有事立法に反対する百万人署名運動」として開始された。

   ⇑

 

※H13年警察白書

>イ 組織拡大を図る中核派

 (中略)

 大衆運動では、新ガイドライン反対運動で幅拾い勢力を終結させた「百万人署名運動」(9年9月「日米新安保ガイドラインと有事立法に反対する百万人署名運動」として結成し、11年9月、名称を「とめよう戦争への道!百万人署名運動」に変更)を引き続き主導して、大衆団体、労組への浸透を更に深め、組織拡大に結びつけることを目ざした。

 

 

さて、日本の新聞が中共を「共匪」と呼んでいたのは確かです。

    

神戸大学新聞文庫 大阪時事新報 1931(昭和6)年5月14日

【共産土匪の暴虐 廿五萬人を惨殺】

國民會議席上に報告された

江西省方面の被害

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>【南京連合12日発】12日の国民会議に於て河応欽氏の報告した湖南江西省に於ける共匪の被害は左の通りである

 

江西省 人民の惨殺されたもの18万6000人、人民の流浪するに至ったもの211万、家屋の破壊椋奪されたもの10万余戸、財産の損害6億5000万元、穀物の被害8900万ビクル

 

湖南省 人民の惨殺されたもの7万2000人、家屋の破壊椋奪されたもの12万余戸、財産の損害3億万元

 

而して江西全省81県の中共に完全に占領さしもの11県 殆ど大部分を占領されしもの25県に上ると

さて…日本の新聞が事実を曲げて中共を「共匪」と呼んでいたと早坂氏は思ったのでしょうが…支那人の間でも「共匪」「土匪」と呼んで恐れられていたのです。

    

【マオ 誰も知らなかった毛沢東 上】ユン・チアン&ジョン・ハリディ著

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江西省革命根拠地の人間は大半がこの決定に反対したため、毛沢東は彼らを黙らせるのに恐怖という手段に訴えた。 地元の有名な共産党員4名に「反革命」の罪を着せて、陂頭で公開処刑させたのである。この4名は毛沢東によって殺された共産党員として名前が残っている最初の犠牲者である。

(中略)

中国共産党員による内輪の殺し合いは以前にもなかったわけではないが、それまではイデオロギーに名を借りて一族や個人の恨みを晴らす、という類の殺人が大半だったようだ。これに対して毛沢東の殺人は、さらなる野心の追及が目的だった。

(中略)

毛沢東は有名な「共匪」だったので、ニュースは国民党系のメディアで広く取り上げられた。

(中略)

 虐殺は11月下旬に始まった。毛沢東は、紅軍の全部隊に対して根拠地の中心部に集合するよう命じた。ここならば逃亡することが難しいからである。こうしておいて、毛沢東は、彭徳懐指導下の部隊―この部隊には毛沢東による乗っ取りに抵抗した人間が含まれていた―AB団の存在が明らかになった、と発表した。

逮捕と処刑が始まった。

(中略)

 李韶九は12月7日に富田に到着し、毛沢東のリストに載っていた人々を逮捕し、一晩じゅう拷問した。 ひとつは「打地雷公(地雷を打つ)」と呼ばれ、じわじわと親指をつぶして耐え難い苦痛を与える拷問であった。 別の拷問ではやはり苦痛を最大にするために、線香の細火でからだを焼いてじわじわと苦しめた。李韶九はとくに江西共産党幹部の妻たちに対して残酷で、彼女たちを全裸にしたうえで、事件直後に書かれた抗議文によれば、「妻たちのからだ、とくに局部を線香の細火で焼き、乳房を小刀で刻んだ」という。

 

 こうした残虐行為に対して、反乱が起こった。

(中略)

上海から支持を得た勢いを駆って、毛沢東は劉敵ら反乱兵士たちを「審訊」し、処刑した。劉らは処刑前に地元住民への見せしめとして根拠地内を引き回された。江西根拠地の全域から代表が集められ、教訓として処刑を見学させられた。

 

 のちに書かれた秘密報告書から、荒廃しきった江西根拠地のようすを知ることができる。「AB団分子を殺戮するために、すべての仕事が中止させられた」「誰もが恐怖の中で暮らしていた…最悪の時期には、二人の人間が話をしているだけでAB団だと疑われた…情け容赦ないAB団攻撃に参加しない人間は、自身がAB団分子とみなされた…。」

 

おぞましい拷問が、いたるところでおこなわれた。報告書には、「じつに多種多様な拷問がおこなわれた…『坐快活椅子(快楽椅子に座る)』『蝦蟆渇水(ひきがえるが水を飲む)』『猴子●●(猿が縄を引く)』…といったような変わった名前が付けられていた。真っ赤に焼けた㮶杖を肛門に押しこまれた者もいた…勝利県だけでも120種類の拷問があった」と書かれている。「仙人弾琴(仙人が琴を弾く)」という吐き気を催すほど創造的な名前を付けられた拷問は、ペニスに針金を通してその両端を被害者の耳から吊るし、拷問がその針金を弦に見立ててかき鳴らす、というものだった。

殺人も身の毛のよだつ方法で行われた。「どこかの県でも、腹を切り裂いたり心臓をえぐり出したりした例があった」と、報告書が伝えている。

 

江西省においては、総計で何万という人間が殺された。粛清直後に書かれた秘密報告書によれば軍だけでも約1万人が殺害されたという。

(中略)

隣接する福建省でも地元の共産党員が毛沢東に反抗し、1930年7月、毛沢東と朱毛紅軍が近くにいないときを狙って毛沢東側の人間を投票によって解任した。このときも、何千人という人間が処刑された。 

(中略)

毛沢東の部隊は血の一滴まで搾り取ったので、地元の民衆からひどく嫌われていた。

井岡山を出るとき、毛沢東は傷病兵や地方幹部をあとに残していった。 その中で、国民党の正規軍に捕まった者たちは、まだ幸運だった―機関銃で処刑されて終わりだったからだ。

地元の武装勢力の手に落ちた者たちは、腹を引き裂かれ、生きたまま焼かれ、あるいは刃物でじわじわ切り刻まれて殺された。何百人もの人間が殺害された。

 

党委員会の居残り組が上海に送った報告書によると、毛沢東の支配に対する恨みがあまりに強かったので、国民党による「家屋の焼き打ちや首謀者の殺害でさえ、一般大衆のあいだに反動勢力に対する仇恨を生むことはなかった」という。

以下略

 

「マオ」という本には具体的な殺人方法まで書いていましたが、さすがに日本人には耐え難い信じられない光景で、日本の新聞は「共匪」と書くのが精いっぱいだったのではないでしょうか。

 

さて、エドガー・スノーの『中国の赤い星』についても、『マオ 誰も知らなかった毛沢東 上、下』に書かれていますので、紹介させていただきます。

    ⇓

>歴史書には、このいわゆる「暴動」は毛沢東が農民を指導した「秋収蜂起」として紹介されている。「秋収蜂起」は農民指導者・毛沢東の神話を世界的に確立する重大な節目となり、毛沢東の生涯を彩る重大な欺瞞のひとつとなった(それを隠すために、毛沢東アメリカ人記者エドガー・スノーに対して手の込んだ作り話をしている)。この「蜂起」は、真正な農民運動ではなかった。

毛沢東はいかなる作戦行動にも参加しておらず、実際には作戦を妨害していたのである

 

地元住民の福祉などは、最初から配慮の対象外だった(毛沢東アメリカ人のスポークスマン、エドガー・スノーに吹き込んだ話とは正反対である)。 なかには、農民に休日をいっさい与えない村もあった。 休むかわりに、彼らは共産党の強力な支配手段である集会に駆り出された。「平均的な人間は、1ヵ月あたり丸5日分の時間を集会に参加している。これは彼らにとって非常に良い休息時間だ」と、毛沢東は述べている。

(中略)

共産党員による教育のおかげで「中国農村部で何世紀もかかってようやく到達した水準を上回る高い識字率が実現した県もある」と、毛沢東エドガー・スノーに語っている。しかし実際には、共産党政権における教育はレーニン学校」と呼ばれる小学校に限られ、学童は基本的なプロパガンダが理解できる程度の読み書きを習うだけだった。

(中略)

10代の子供に「階級敵人」の処刑をさせるようなケースもあった。

 

>紅軍兵士たちは、地元の住民(※チベット人が翌年のために栽培していた大麦を刈り取ってしまった。この略奪行為―おそらく数千人の生死に影響したはず―を、毛沢東はいかにも彼らしい冗談ですませてしまった。「『これはわれわれの唯一の外債です』と毛はユーモラスに語った」と、アメリカ人エドガー・スノーが書いている。

 

>『毛沢東自伝』の大部分を構成するのは、1936年夏に毛沢東アメリカ人ジャーナリスト、エドガー・スノーのインタビューに応じた際の内容である。毛沢東が自分の人生について広範に語ったのは、このときだけだった。

スノーはまた、毛沢東および他の共産党員とのインタビューに圧倒的に依拠した内容の著書中国の赤い星』を発表し、中国共産党の血塗られた過去を消してイメージ回復の基礎を作った。

 

 毛沢東とスノーの出会いは偶然ではない。その年の春、毛沢東は上海の地下組織に対して自分の宣伝をしてくれる外国人ジャーナリストを探すよう依頼し、あわせて医者も1人見つけてほしいと頼んだ。 慎重な吟味の結果、エドガー・スノーに白羽の矢が立った。スノーは、毛沢東が求める資質をすべて備えていた―アメリカ人であり、『サタデー・イブニング・ポスト』や『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』といった有力メディアに記事を書いており、共産党に好意的だった。

スノーは7月にレバノンアメリカ人医師ジョージ・ハテムを伴って革命根拠地に到着した。

ハテムはコミンテルンからの最高機密文書を薬箱に隠して持ち込んだ。

スノーは根拠地に3か月とどまった。ハテムのほうはその後死ぬまで共産党と行動を共にし、毛沢東の待医の一人となり、中国共産党の外国諜報組織でも働いた。

(中略)

毛沢東はAB(アンチ・ボルシェビキ)団の粛清など拷問や殺人の歴史を隠し、中国を横断した行軍に「長征」と言いう巧妙な名前を付け、濾定橋のような戦闘や英雄譚をでっちあげた

また、病気のときを除いて「長征6000マイルの道のりの大部分を下士官たちと同じように自分の足で歩いた」と語った。

モスクワとのつながりを完全に隠し、アメリカとの友好関係を望んでいる、とも語った。 多くの人々が、これに完全にだまされた。

 

 毛沢東はさらに用心のため、スノーがその後に書いたものをすべてチェックし、訂正や書き直しの筆を入れた。

(中略)

『中国の星』は1931年から38年にかけて冬に英語で出版され、西側世論を毛沢東に好意的に転換させるうえで大きな役割を果たした。

中国共産党は中国語での出版を計画し、不偏不党の印象を与えるべく『西行漫遊記』というタイトルをつけた。

『中国の赤い星』と『毛沢東自伝』に加えて、スノーの資料をもとにした本がもう一冊出版された。この本も、中立的に聞こえるよう『毛沢東印象記』というタイトルがつけられた。

 

『中国の赤い星』―および抜粋を編集した他の二冊―は、中国国内の急進的青年層に多大な影響を与えた。多くの若者がスノーの本を読んで共産党に入党した。

その中には、チベット族から初めて共産党員になった若者たちもいた。まさに、中国共産党ルネッサンスの始まりだった。

 

アメリカでは、1月22日付の『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙が共産党側の主張にきわめて好意的なエドガー・スノーの記事を掲載した。記事は、「先の軍事衝突に関して初めて信頼すべき報告をお伝えする…」という書き出しで始まっていた。しかし、スノーの記事は香港在住の中国共産党スパイから聞いた話に全面的に依拠したものだった。

 

毛沢東は自分の主張を宣伝するうえでエドガー・スノーのような西側ジャーナリストが非常に役立つことに早くから気づいていたが、英米政府が蒋介石の行動を縛るうえでいかに有用であるかについてはなかなか理解せず、英米両国に対して極端な敵意を抱いていた。

1940年10月25日、毛沢東は党幹部を相手に、イギリスなどナチス・ドイツに占領されてしまえばよい、日本がずっと中国を占領しつづければよい、と話した。

「最も厄介で、最も危険で、最も不吉な展開」は蒋介石が「英米ブロックと手を結ぶことだ」と、毛沢東は語った。

 

毛沢東は本能的に法律を敵視しており、支配下の人民は法の保護を完全に剥奪されることになった。 毛沢東は1970年にエドガー・スノーに対して、自分のことを「無法無天、すなわち法律も限度もない人間だ」(「無法」が「無髪」と同音のため、誤訳されて「孤独の修行僧」と伝わってしまった)と話している。 以下略

 

【私の紅衛兵時代 ある映画監督の青春】陳凱歌著より

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>「傘を手にした修行僧毛沢東を描いた絵

「毛主席、安源へ向かう」

※「傘をさす修行僧」とは一種の言葉遊びの表現。傘をさすので「天が無く」、僧であれば「髪が無い」。しかし「髪」は中国語では「法」と同音だから、この句の意味は、「法も天も無視し、やりたいようにやる」ということになる。

 

「洗脳」って、怖ろしいですね。

アメリカが日本人を「洗脳」する。

さらに、中国共産党日本共産党が日本人を洗脳する…

結局、レーニンから始まった共産主義に日本人が血を流して抵抗しながら…内部(日本人協力者)から「洗脳」されてしまう…

     

大原社会問題研究所より

証言:日本の社会運動

【戦時抵抗と政治犯の釈放】

―岩田英一氏に聞く(3・完)

吉田 健二

日本共産党はまずは党再建の重要拠点として、通信各社やの全国紙、またNHKなどに党員記者の確保と細胞を結成することを優先した。新聞単一(日本新聞通信放送労働組合の略称、1946年2月9日設立―編者注)は事実上、共産党オルグして結成したのです。

(中略)

当時「朝日」の論説委員で入党したばかりの聴濤克巳(きくなみ・かつみ)らが中心となって、またGHQのセオドア・コーエンという労働課長の協力を得て結成したのです。

以下略

 

GHQ 知られざる諜報戦】

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>G2のCIS作戦部特殊活動家からの報告書には、二人に関してこう記されている。

㊙調査対象者セオドア・コーエン。経済科学局労働課長

㊙調査対象者=アンソニー・コンスタチーノ。経済科学局労働関係担当。

 

1945年12月、コーエンはGHQの経済科学局労働課長として、等級なし年棒1万ドルで雇われた。この責任ある地位を通じて、コーエンはコンスタチーノとともに一貫して労働課の仕事に極左的な政策を持ちこもうと努め、ついては自らの権限と業務管轄領域を逸脱してまで「読売争議」に干渉するようになった。

(中略)

相次いで起こったストライキやデモは、ことごとくコーエンとコンスタンチーノの不当な干渉によってもたらされたものである。

 CISの信頼できる日本人通報者によれば、コーエンは日本共産党幹部である志賀義雄と会談して、次のように語ったという。

(中略)

コーエンが語ったというこの言葉は『アカハタ』の編集部員T.Yから、GHQに間接的に伝えられたものである。

以下略

 

ソ連コミンテルンアメリカの中枢部を動かし…中国を動かし…日本共産党を動かして…

日本国民は知らず知らず…自ら「反日」に向かっていったのですね。

こんな「反日」ゲームがいつまで続くのでしょうか?

朝日、毎日、読売(いまだに日本が中国を侵略したという説を記事に書いているが…)、NHK…その他のテレビ局等…日本国民を騙しているつもりが、自分たちの首を絞めているのに気が付いてください。

 

長い記事にお付き合いくださいまして有難うございます。

リンクフリーの記事です。皆様のお役に立てれば幸いです。

 

やはり、村上春樹は中国の宣伝利用に使われている

今日もお立ち寄り有難うございます。

 

先日、文藝春秋村上春樹のエッセイが中国で話題になっているとの記事がありましたので、今日も先日の続きを書きたいと思います。

 

ハフポスト 2019.5.12

村上春樹さんが、亡き父の従軍体験を綴った「猫を捨てる」。中国兵“処刑”の描写に中国での反応は?】

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>中国メディアが紹介

 村上さんがこのエッセイを発表すると、紅星新聞など複数の現地メディアが「村上春樹が、父親がかつて中国を侵略した日本軍にいたことを明かした」と題し、エッセイの一部を中国語に翻訳して伝えた。

 

 紅星新聞は「村上春樹は政治的なメッセージとは無縁だったが、ここ数年で変化がみられる」と論評している。

 

ただこの記事では村上さんの父親について、自身が捕虜を手掛けたようにも読めてしまい、正確ではない部分もある

(中略)

今回の記事は中国のネットで拡散され、関連する書き込みはすでに2億回以上閲覧されている。

 

 中国は「南京事件」について「30万人が犠牲になった」と主張していて、「どれが正しいかを認定することは困難」とする日本の見解と対立するなど、歴史問題で日本に向ける視線は厳しい。

 

 今回のエッセイについても、中国人が犠牲になったことが描かれていることから、日本を避難するコメントが多い。エッセイが中国側の主張を補強するものと感じたのか「これこそ真実だ」などといった書き込みもある。

 

一方で(中略)「戦争を起こしたのは国家だ、日本の国民も被害者ではないか」などと冷静さを求める声も上がった。

以下略

 

長い記事から、気になる部分を抜粋させて頂きました。

「中国人が犠牲」「中国側の主張を補強するもの」

これこそが、中国共産党の狙いなんだと思います。

最近は、国民が中国共産党(以下、中共)のプロパガンダを信じなくなる傾向があり、中共としては危機感があったのではないでしょうか。

 

米国からの経済的圧力で、景気の減速が続いています。

そもそも“革命”というのは、経済が行き詰まった時に起こるものですから。

それは“国民の怒り”ではなく、為政者が国民のルサンチマンを駆り立て、利用して、現政権を倒すことにあります。

 

中共では「天安門事件」をきっかけに、国民の目を逸らすために「反日教育」をいっそう強化しました。

コンチクショウ(金丸、竹下、小沢)に「天皇訪中(天皇の政治利用)」をさせたのも、「天安門事件」で中国が世界から批判されて経済制裁されてしまい…その突破口として日本の天皇陛下(エンペラー)を訪中させて、なんとか世界からの経済制裁を解こうとしたものでした。

 

なんと、それが“当たり”だったんですね。

世界からの経済制裁が解かれたんです。

その後、小沢一郎民主党政権の時に、習近平のために二回目の“天皇の政治利用”をしました。

 

今は「安倍政権」ですから、日本共産党立憲民主党社民党も「安倍政権打倒」に必死ですよね。 まぁ、安倍首相は岸信介元首相のお孫さんですから、絶対に中国に媚びたりしないでしょうしね。

 

岸首相は「日中国交正常化」にも反対していましたので、当時の社会党が「岸首相降ろし」のために、「安保闘争」を激化させました。

 

社会党訪中団 1959年3月12日

米帝国主義派日中両国人民の敵である

浅沼稲次郎

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>昨年5月いらい岸内閣の政策によって日中関係はきわめて困難な事態におちいりました

それまでは、国交回復はおこなわれていないにかかわらず、中国と日本においてはさきに私と張奚若先生との共同声明をはじめとしまして数十あまる友好と交流の協定を結び、日本国民もまた国交回復をめざしながら懸命に交流、友好の努力をつみかさねてまいりました

しかしついに中絶状態におちいったのであります。このことにつきましては日本国民は非常な悲しみを感じ、かつ岸内閣に鋭い怒りを感じているのであります。

(中略)

また社会党は以上の基本方針にもとづきまして日中国交回復、正常化のために国民運動を展開し、もりあげることにしました。

その要項は、第一、岸政府の政策の全面的転換を実現するためにすべての国民の力を広範に結集し、強力な運動を展開する

(中略)

この運動をするにあたっては原水爆反対、沖縄返還、軍事基地反対、憲法擁護などの運動と密接に提携してすすめる。

第四、わが党は労働組合、農民組合、青年婦人団体、各経済・文化・民主団体などを結集して財界、保守党の良心分子にいたるまで運動に参加せしめる、とくに我が党が協力している日中国交回復国民会議を強化し、これを通じ積極的に運動を展開する。

(中略)日本における日中国交回復の国民運動を三原則の正しい方針のもとに力強くもりあげて、岸政府の反動政策を打破しさることが第一と確信しております。

(中略)

社会党は安保条約体制の打破を中心課題としてたたかっているのであります。この安保条約を廃棄させて日本の平和の保障が確立するならば、すなわち日本が完全に独立国家になることができまするならば、中ソ友好同盟条約中にあるところの予想される日本軍国主義とその背後にある勢力に対する軍事条項もおのずから必要なくなると私どもは期待するのであります。 

(中略)

私ども社会党は、一日も早く中国との国交回復をのぞんでやみません。

以下略

ところが、田中角栄にお株を奪われてしまいましたね。

…それで、次なるは「日朝国交正常化」の運動をしたのに、自民与党が反対するという…結局、拉致問題などで泡沫政党になりましたが。

 

中共も、まさか、あの岸首相の孫である安倍首相が長期政権になるとは夢にも思っていなかったのではないでしょうか。

 

頑張れ!安倍首相!

 

さて、打つ手が古くなった「南京大虐殺」という与太話ですが…

日本人ジャーナリスト(従軍記者)の証言がありますので、少し抜粋させて頂きます。

    

【1937.12 「南京事件」日本人48人の証言】阿羅健一著

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>―南京の様子はどうでした?

「城壁の周りには中国兵の死体がありました。中山門から見た時、城内には何ヵ所も煙が上がっているのが見えました」

 

 ―城内の様子はどうでした・

 「特別変わったことはありません。南京で印象的なのは中国兵の死体を見たくらいです」

 

―虐殺があったと言われてますが…。

「全然見たことも聞いたこともありません。夜は皆集まりますが、そんな話は一度も聞いたことはありません。誰もそういうことを言ったことがありません。朝日新聞では話題になったこともありません」

 

―難民区(安全区)はご覧になっていますか。

「難民区は兵隊や憲兵がいて入れませんでした。そういうことですから市民は安全でした。一般の市民の死体というのはひとつも見ていません。紅卍字会の人が戦死体を片づけたりしていました。

(中略)

―上海や杭州でも南京虐殺は聞いていませんか。

「一度も聞いてません。上海支局長の白川さんは軍の最高幹部ともつきあいがありましたけど、白川さんからも聞いたことはありませんでした…」

 

―最近よく言われていますが…。

「事件というようなものはなかったと思います。私も見ていませんし、朝日でも話題になってません。また、あの市民の数と中国軍の動きでそういうことが起きるはずがありません。私が上海、南京で見た死体というのは、最初、黄浦江の船の周りにあったたくさんの中国兵と、上海市街戦での死体です。あとは南京の城壁ですね。城壁の死体はきれいなもので、首を斬られたとかいう虐殺されたものではありません。戦死体は弾が当たって死ぬのできれいです。

(中略)

 ―南京では大虐殺があったと言われていますが、南京の様子はどうでした?

「南京での事件ねえ。私は全然聞いていない。もしあれば、記者の間で話に出てるはずだ。記者は少しでも話題になりそうなことは話をするし、それが仕事だからね。

 噂としても聞いたこともない。朝日新聞では現地で座談会もやったが、あったのなら、露骨でないにしても、抵抗があったとかそんな話が出るはずだ。南京事件はなかったんだろう」

(中略)

―虐殺があったと言われてますが…。

「見てません。虐殺があったと言われてますが、16,7日頃になると、小さい通りだけでなく、大通りにも店が出てました。また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵のところに集まってましたから、とても残虐行為があったとは信じられません」

(中略)

―入城式の頃、中国の市民たちは日本兵を恐れていましたか。

「住民は敵意を持っていなかったし、日本兵を恐がっていなかったと思います。逆に、便衣隊がいましたので日本兵の方が中国人を警戒していました」

(中略)

「捕虜を揚子江の淵に連れていって、どこかに行けといって放しましたが、結局、殺したということです。岸が死体でいっぱいだったとも聞きました。それは本当だと思います。市民に対しては何もありませんが、中国兵に対してのそういうことはありました」

(中略)

 ―なぜやったのでしょうか。

「捕虜を捕まえたが、捕虜にやる食料がないし、収容する所がない、放してもまた兵隊になる、それで困ってやったと言ってました。中国の兵隊は日本と違って、食えないから愛国心がなくとも兵隊になります。事実、放すと、すぐどこかで兵隊になってます。

 また、中国には便衣隊がいて、日本兵はこれを恐れていましたから、やってしまおうということになったのだと思います。

(中略)

 ―南京にはどの方向から行きましたか。

「中山門から入りました。先頭の兵隊と一緒に進み、暗いうちに中山門まで行きました。そこから先に進めず、中山門上で城内の様子をうかがいながら待機していました。

 12月13日ですか、先頭の部隊と共に中山門から城内に入り、中山東路を進むと、街路樹のプラタナス日本兵が吊るされていて大騒ぎになりました」

 

 ―日本兵ですか。

「そうです。後でわかったのですが、通済門か光華門で戦いがあり、そこで捕まった日本兵らしいのです。それを中山東路につれてきて、殺して、プラタナスの木に吊るしたものです。下から火であぶってありました」

 

 ―何体くらいですか。

 「私が見たのは2,3体です。すぐプラタナスから下ろしました。それを見た兵隊はカーッとなりましてね。それでなくとも敵愾心がありますから」

 

以下略

ソ連や中国では、「便衣隊」というのが一般的にあります。

    ⇓

神戸大学新聞文庫 大阪時事新報 1935年7月17日

ソ連テロ計画 便衣隊を放って要人暗殺】

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神戸大学新聞文庫 大阪毎日新聞 1936年3月24日

【太原の人心恟々 共産軍便衣隊出没す 討伐軍は呆然自失の体】

f:id:chaonyanko2:20190514163928j:plain

 

神戸大学新聞文庫 大阪朝日新聞 1931年11月13日

便衣隊の共同掃蕩 支那側拒絶】

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便衣兵 Wikipediaより

便衣兵とは、一般市民と同じ私服・民族服などを着用し民間人に偽装して、各敵対行為をする軍人のことである。

国際法違反であり、捕虜となっても裁判にかけられ処刑される

 …とあります。

 

南京攻略の時は、日本側は裁判にかけていませんので責められる部分もありますが、状況的に裁判にかける余裕はありませんね。

 

それに対して、中国側は数人の日本兵捕虜を殺害して木に吊るし、火で炙るとは

こんな残虐なことが許されるのでしょうか。

中国側の方が、国際法を完全に破っていると思います。

ソ連や中国というのは、どんなに汚い手を使っても平気なんですから!

 

さて、話を村上春樹氏に戻りますが…

南京大虐殺」ありきで、話を進めていて、中国側に利用されているとは気が付かなかったのでしょうか?

日本側の国益を損なうことをして、何も感じないのでしょうか?

 

それと、中国では「日本が中国を侵略した」と言ってますが…日本は中国を侵略などしていません。

満州」は、「満州族」のもので、日本がプレゼントしたものです。

たしかに、日本が野心がなかったとは言えませんが、これが当時の国際秩序でした。

 

日本のことを言うのなら、香港はずっとイギリス領でしたし、マカオもず~と、ポルトガルだったではありませんか!

どうして、日本ばかり批難するのでしょうか?

 

日本人が大人しいのを知ってタカっているのでしょうが…

いつまでも、こんな嘘がまかり通るとは思えませんが…

 

最後までお付き合いくださいまして有難うございます。

誤字、脱字がありましたらご容赦下さい。

リンクフリーの記事です。皆様のお役に立てましたら幸いです。

最近、中国に関わる怪しい「日本悪玉論的」なコラムが増えてきた

 

今日もお立ち寄り有難うございます。

 

 産経新聞 2019年5月10日 文藝春秋のCM

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>猫を捨てる—村上春樹

 自らのルーツを初めて綴った

 父親に付いて語るときに僕の語ること

 

??? 「猫を捨てる?」何のこと?

不思議なタイトルで目を引きます。

   

産経新聞2019.5.10 26面にその内容が書かれていました。

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>作家、村上春樹さん(70)=写真=が亡き父の戦時中の従軍体験などを克明に綴った寄稿文が10日発売の月刊誌「文藝春秋」6月号に掲載されることが分かった。

村上さんが家族の詳細な履歴を文章で公表するのは初めて。

(中略)

平成20年に90歳で死去した父の千秋さんは昭和13(1938)年以降3度応招し、日中戦争の戦地を転戦した。12年の南京攻略戦に参加したのでは、との疑念を長年抱いていたという村上さん。従軍記録などを調べた結果、別の部隊の所属だったと分かり「ひとつ重しが取れたような感覚があった」という。

 

 ただ、父が戦前回想していた戦地での中国兵捕虜殺害の光景と、それがもたらした「トラウマ」を息子である僕が部分的に継承した」とも明かし「目をそむけたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない」とした。

(中略)

「…我々はそれを忘れてはならない」と過去を直視する覚悟を示した。 以下略

 

あぁ、中国共産党がいう、「南京大虐殺」の話ですね。

しかし、この話は全くのデタラメだったということが証明されているんですよ。

 

毛沢東も知らない「南京大虐殺」を宣伝する日本共産党 - 姥桜

 

国民党(支那)軍が行った“三光”“毒ガス”を日本軍に擦り付ける日本共産党 - 姥桜

 

日本政府が“認めていない”中国共産党プロパガンダ”を、なぜ今頃になって作家の村上春樹氏が代弁者になってるんだろう?

いくら親子の中で「軋轢」があったとしても、亡くなった父親を自分の利のために利用してはいけませんね。人間として最低な行為です。

 

不思議に思ってWikipediaを見てみました。

やはり!そうだったのか…

 

「影響を受けたもの」=大江健三郎

大江健三郎は中国の操り人形作家ですね。「南京大虐殺記念館」に何十回と足を運んだ人物です。「尖閣諸島竹島も過去に日本が侵略したもの」などと、一体何を根拠に言っているのか分かりませんが、まるで、鳩山由紀夫みたいになっています。

日本共産党の「日本人民共和国憲法(草案)」 - 姥桜

 

鳩山由紀夫も、御多分にもれず、中国共産党に一本釣りされた人物です。

中国共産党の手のひらで弄ばれる日本の国会議員 - 姥桜

 

村上春樹Wikipediaの続き

>2012年9月28日、『朝日新聞』朝刊にエッセイ「魂の行き来する道筋」を寄稿した。その中で、日中間の尖閣諸島問題日韓間の竹島問題によって東アジアの文化交流が破壊される事態を心配して、「領土問題が「感情」に踏み込むと、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っぱらわせ、頭に血を上らせる。」「しかし賑やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。」「安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いではしまってはならない。」と警告した。

 

村上氏は、中国や韓国がどんなに理不尽なことをしても、怒ってはならない—と言ってるわけですね。

尖閣諸島竹島は、日本国民の領土なんですよ。怒って当然なことなんですよ。

 

それでは、村上氏は自分の住む家に中国人が勝手に入り込んできたり、韓国人が家を乗っ取っても、「高級酒」を飲んで、絶対に怒らないのでしょうか。

 

中国は、昔から外国の作家を利用するんですよ。

 

毛沢東が米国の作家:エドガー・スノーに書かせた宣伝本『中国の赤い星』を読んで、田中角栄の秘書:早坂茂三早稲田大学に入学した時に「日本共産党」に入りました。

後に、中国系イギリス人のユン・チアンが書いた本『マオ 誰も知らなかった毛沢東』で、『中国の赤い星』は「中味は全て嘘」だったということがバレてしまいます。

 

さて、この村上春樹氏の話にすぐに反応した国のマスコミがあります(笑)。

韓国の「中央日報」です!

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>村上氏は小学校の時に「(父が)所属する部隊が中国で捕虜を処刑した」という話を一度だけ父から聞いたことがあると打ち明けた…」

(中略)

つづけて「軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼き付かれることになった」とし…

(中略)

村上氏は折に触れ過去の日本の侵略戦争についてきちんと謝罪すべきという考えを明らかにしている 以下略

 

村上氏は「父の部隊とは別の部隊だった」と書いてあるのに、中央日報は「父が所属する部隊が」に変わっています。

本当に韓国は「嘘つき」ですね。

 

>「軍刀で人の首がはねられる残忍な光景」

 

もしかして中国が偽造した写真のことを言ってるのでしょうか?

中国が使っているもので、通用する写真は一枚もなかったんですけど…事実だとしたら、なぜ捏造写真を使わなければならなかったのでしょうか?

まあ、こんな事を言っても、韓国人には分からないでしょうけどね。

 

>「日本の侵略戦争についてきちんと謝罪すべき」

はぁ?日本がどこを侵略した?

満州」は、満州民族が支配する元「大清帝国」であって…その「大清帝国」を崩壊させたのが、ソ連漢民族なんですよ。

その満州族の地で「満州国」を立て直したのが「日本」ですね。

 

まあ、日本と戦ったこともない韓国に何を言っても分からないでしょうけど…

そもそも「侵略戦争」というのなら、当時の韓国人も「侵略戦争に加担」したことになりますが…

まあ、韓国人に何を言っても分からないでしょうが…

 

さて、やはり、「中国と朝日新聞」が絡んでいたのかと感心いたします。

日本共産党の日曜版赤旗に作家の森村誠一氏が「悪魔の飽食・731細菌部隊」の小説を書いていましたね。それがハードカバーの本として売り出されたものですね。

今では、日本共産党が「赤旗」で日本を叩いていますが…

    

しんぶん赤旗 赤旗2012.4.16

旧日本軍731部隊人体実験・細菌戦

日本政府は謝罪・補償を

東京で集会 被害者ら証言

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それから、中国共産党の対日工作「世界抗日戦争史実維護連合会」が対日訴訟起こして賠償金を狙っています。

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また、朝日新聞関係で「従軍慰安婦」も同じコースですね。

日本共産党員の吉田清治なる人物が書いた本から、日本軍が朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にした…という話。 それに輪をかけて朝日新聞社記者の植村隆が書いた記事から、どういうわけか中国の対日工作「世界抗日戦争史実維護連合会」と韓国の団体、日本共産党福島瑞穂旧民主党議員が一緒になって、「謝罪と補償」を求める運動をしていますね。

 

因みに、吉田氏はのちに「嘘でした」と謝罪しているんですけどね。

韓国は、それでもいまだに「謝罪と補償」をおねだりしていますが。

 

そういえば植村隆も、「南京大虐殺」もどき本を書いた朝日新聞記者の本多勝一と同じ「週刊金曜日」という雑誌社に席を置いていますね。

たしか、本多勝一も「赤旗」に出ていましたね。

 

 

少し前の記事からですが…

 

産経新聞 2017年9月3日

対中外交の蹉跌 上海と日本人外交官(日本僑報社・3600⁺税)

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>「昭和12(1937)年に朝日新聞記者の黒田礼二が『支那膺懲論(中国を懲らしめよ)』に代表された対中強硬世論があり、中国への『あなどり』や『おごり』が外務省、軍部、国民にもあった」とみる。

(中略)

満州事変(昭和6年)から対中外交の実権が軍部に移っていた」ことは悩ましい史実だ。 以下略

 

この「片山和之上海総領事」は、おそらく工作されているのだと思います。

そもそも、「日本僑報社」とは、中国共産党の「青年報」の記者だった段躍中という人物が編集長です。

 

在日中国人動態【号外】「日中友好の集い」案内特集 (2003年02月13日発行) | 日本僑報電子週刊(旧:在日中国人動態) - メルマ!

   ⇑

この上のアドレスをクリックしてみて下さい。

日本の「売国奴」の名前がズラリと出ていますから。

人民日報社長(海外日本版)におさまった朝日新聞記者の秋岡栄氏の名前もありますよ。

『永遠の隣人』とは、永遠に中国の工作員となった人たちのことです(笑)

ソ連に強制連行された日本人捕虜(シベリア抑留)が中国共産党(撫順)に引き渡されて、さらに過酷な洗脳教育されて日本に帰ってきた「中国帰還兵(中帰連)」なる人たちや、孫文の妻:宋慶齢共産党のスパイ)の名前まで出てきます。

皆さんのよく知っている人物や企業の名前も出てきますよ。

 

さて、話を元に戻しますが、片山氏は1937年の頃のことを、「日本は中国を懲らしめようとして、支那事変(日中戦争)を引き起こした」と主張していますが、

これは全くのデタラメです。

 

そもそも「日中戦争」という呼称がよくありませんね。

いつから「支那事変」から「日中戦争」へと呼び方が変わったのでしょうか?

日中戦争」だと、まるで日本軍と中国共産党が戦争したみたいに思われるじゃないですか…もっとも、中国共産党は「抗日戦争で勝利した」が謳い文句ですからね。

中国も韓国も、本当に嘘つき国家ですね!

日本軍は中国共産党とは戦っていませんし、当時、毛沢東は日本軍に協力していたわけです。

 

【マオ 誰も知らなかった毛沢東ユン・チアン

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>1937年7月7日、北京近郊の盧溝橋で中国軍と日本軍が衝突した。日本軍は7月末には華北の2大都市、北京と天津を占領した。蒋介石は宣戦布告しなかった。少なくとも当面は、全面戦争を望まなかったからだ。

日本側も全面戦争を望んでいなかった。

(中略)

一般的には……日本が上海を攻撃したとされている。 が、これは日本の意図からも真実からも完全に外れている。 日本は長江流域における交戦を望まなかったし、予期もしていなかった。 8月13日の時点でさえ、日本は……この地域に非常に少ない兵力しか配置しておらず……18日、19日には長江のほとりまで追い詰められて河に転落しかねない状況だった。

 

アーベンドは、「交戦地域を華北に限定しようという日本の計画を転覆させ巧妙な計画」の存在に気づいた。 確かに、そうした計画が存在した点について、アーベンドの読みは当たっていた。 アーベンドが読み切れなかったのは、計画の首謀者蒋介石(アーベンドはそう思っていた)ではなく、ほぼまちがいなくスターリンだった、という点である。

(中略)

すでに前年から、スターリンは公式に日本を主要敵国とみなしていた。

事態の急迫を受けて、スターリンは国民党軍の中枢で長期にわたって冬眠させておいた共産党スパイを目ざめさせ、上海で全面戦争を起こして日本を広大な中国の中心部に引きずり込む—すなわちソ連から遠ざける—手を打ったものと思われる

以下略

 

当時の日本の方はどうやらソ連の仕業と気づいていたようです。

   ⇓

神戸大学新聞文庫 大阪朝日新聞 1937年8月25日

事変の裏に躍る赤魔

六十余に上る抗日諸団体

学生が主動者

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しかし1930年代は、支那人による日本人殺害などが横行していた時代です。

しかも、1937年には支那人による日本人大虐殺が起きた年でもあります。

通州事件」は、日本人が決して忘れてはならない事件です。

鬼畜ごときの通州事件(1) - 姥桜

 鬼畜のごときの通州事件(2) - 姥桜

鬼畜のごときの通州事件(3) - 姥桜

 

そのほかにも、ソ連の煽動で中国では「排日運動」が盛んに行われて、日本人が犠牲になっていました。

  ⇓

神戸大学新聞文庫 大阪朝日新聞 1937年5月26日

相次ぐ支那の抗日暴行

在留全邦人の保障

支那側へ強硬に要求

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こんな歴的事実も知らないで、「総領事館」をよく勤められますね。

外務省ももっと人選した方がいいのではないでしょうか。

 

どうして、日本の政治家も官僚も…中国共産党の手の内に嵌ってしまうのでしょうか?

悲しいですね。

 

あと、「満州事変」のことも書きたかったのですが、時間がありませんので次回にさせていただきます。

最後までお付き合いくださいまして有難うございます。

誤字、脱字がございましたら申し訳ございません。

リンクフリーの記事です。皆様のお役に立てれば幸いです。

 

 

日本の不幸はテロ野党が温存されていること

今日もお立ち寄り有難うございます。

 

カナダでは、野党が「対中国排除」を与党にせまっています。

日本では、本当にちゃんとした政党といえば、小さな政党の「維新の会」くらいしかないように思います。

自民党も、中国共産党に〇〇握られた政治家がいて、日本が中国人だらけになる政策をとっています。土地も買い占められ、中国語だらけの街があちこちに出来、自然は破壊され、ゴミだらけの場所もあります。

 

船橋三番瀬などは、引き潮の時に夜中に中国人が大挙して貝を盗掘しにやってきます。

妙典の河川敷は、中国人が盗掘したカキの殻が山のように放り出されています。

土地も、健康保険も、生活保障も…何もかも無策で中国人のやりたい放題です。

 

中国は「反日教育」をすすめ、日本の技術を盗み、日本の固有の名称まで盗み、日本の領海を毎日のように侵犯してくるというのに…

野盗なんて、日本を守る「自衛隊」の存在まで否定しているんです。

世界の中で一番愚かでバ〇な人種が、“自称平和主義”“自称人権派”という類の日本人痴色人です。

 

ロイター通信 2019.5.8

カナダ野党党首、対中関係「リセットの必要」トルドー首相を批判

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>カナダ野党・保守党のアンドリュー・シーア党首(39)は、7日、トルドー首相が中国に対して甘すぎるとして批判し、対中関係を「完全にリセットする」必要があるとの考えを示した

 

 昨年12月、米国の要請に応じてカナダ当局が中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)[HWT.UL]の孟晩舟最高財務責任者CFO)を逮捕して以降、両国の関係が悪化している。

 

 シーア氏は、「貿易封鎖が続く場合」は世界貿易機関WTO)に中国を正式に提訴し中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への2億5000万カナダドルの投資を終了すると述べた

 

 同氏はモントリオールで支持者に対し、「中国政府の政治的利益にのみ焦点を当てた国有企業がカナダ市場への自由なアクセスを得ることを認めない」とし、「カナダと中国の関係は完全にリセットされる必要がある」と語った。

 (中略)

 シーア氏の演説原稿は11ページにわたり、今後数週間で予定している経済や外交政策などの問題に言及する5つの演説の最初のものだという。

 

 同氏は世論調査では支持率がトルドー首相を若干上回っている。7日に発表されたナノス・リサーチの調査では、シーア氏の方を好むとの回答は34.5%で、トルドー首相を好むとの回答31.8%を上回った。

 

日本以外の外国の国会議員は「自国民の平和と安定自国民の命と財産」を守るために頑張っています。

 

ところが、日本ではどうでしょうか?

 

産経新聞2019.5.9

共産 次期衆院選比例 宮本岳氏ら19人公認

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共産党は8日、次期衆院選比例代表の第1次公認候補19人を発表した。 志位和夫委員長ら現職12人のほか、現職6人、新人1人で、4月の大阪12区補欠選挙に無所属で出馬して間もない宮本岳氏の公認を認めた

 小池晃書記長は記者会見で、宮本氏について「『絶対に国会に戻ってほしい人だ』という声が補選の際も他の野党の方を含めて上がっていた。(有権者には)歓迎していただけると思っている」と述べた。 以下略

 

日本共産党中国共産党日本支部)の節操の無さが露呈しましたね。

そもそも宮本氏は日本共産党中国共産党日本支部)に席を置いたまま、「無所属」で出馬したばかりです。

この事自体が、有権者を欺く行為で馬鹿にした行為です。

 

それが、今度は日本共産党中国共産党日本支部)の“比例代表”で出馬するというのです。

本当に有権者をなめていますよね。

 

ところが、日本にはこんな詐欺共産党の支持者がいるんですよね。

もう殆どが前頭葉が劣化した老人層なのでしょうが…

 

そもそも、『日中国交正常化』自体が中国共産党の工作に嵌められたものだから、日本は、それ以来、日本の財産からODAや技術供与などを通し…また中国人を何十万人も受け入れて、日本の財産や日本人が積み上げてきた技術や安心・安全は脅かされてしまいました。

     

日本解放第二期工作要綱

【日本解放第二期工作要綱】中国共産党

A.基本戦略・任務・手段

A-1.基本戦略

 我が党は日本解放の当面の基本戦略は、日本が現在保有している国力の全てを、我が党の支配下に置き、我が党の世界解放戦に奉仕せしめることにある。

A-2.解放工作の任務

 日本の平和解放は、下の3段階を経て達成する。

 イ.我が国との国交正常化(第一期工作の目標)

 ロ.民主連合政府の形成(第二期工作の目標)

 ハ.日本人民民主主義共和国の樹立…天皇を戦犯の首魁として処刑(第三期工作の目標)

 

 田中内閣の成立以降の日本解放第二期工作の任務は、上の第ロ項、即ち「民主連合政府の形成」の準備工作を完成することにある。

(中略)

3-5.対社会・公明・民社各党工作

A.基本方針

①各党内の派閥闘争を激化せしめ、工作による操縦を容易ならしめる。派閥というに足る派閥なき場合は、派閥を形成さしめる工作を行う。但し、党を分裂せしめる必要はなく、分裂工作は行わない。

 

日本共産党を含めた野党共闘を促進する。

 

民主連合政府」を目指して躍起になっている政党がありますね。

それは…日本共産党中国共産党日本支部)です。

    ⇓

日本共産党綱領のキーワード

※「民主主義」を「共産主義」と変えて読んでいただくと、日本共産党の“本当の狙い”がわかります。

【1、いま日本が必要としているのは民主主義革命】より

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これまでの綱領では、「民主連合政府」というのは、革命にすすんでゆく過程の中間段階の政府であって、民主主義革命の任務を遂行する政府は、「民族民主統一戦線の政府」であり、この政府が、権力をにぎって「革命の政府」に成長・発展するのだ、と説明されていました。 今回の綱領改定案では、この区別をなくして、民主連合政府こそが、日本社会が必要とする民主的改革を実行する政府であり、この政府が実行する民主的改革が、民主主義革命の内容をなすものだというように、問題の発展的な整理をおこないました。(不破議長の7中総での報告)

 

 私たちの民主主義革命の方針というのは、安保条約をやめて日本を本当の独立・主権の国にする、日本経済の弱点をただして、日本経済がヨーロッパの社会にまけないようなルールと秩序を持ち、国民の暮らしに光をあてる経済の仕組みになるようにする、これが大きな目標です。

 以下略

 

※「安保条約をやめて」というのは、アメリカが日本から撤退すれば中国人民解放軍が日本を攻めて来れるということですね。

中国の尖閣諸島への領海侵犯や南シナ海の侵略(アメリカ軍の撤退で、すでに侵略されている)、台湾侵略を容易にするということです。

そうなれば、日本は石油などの輸入や欧州との貿易が船舶を使ってできなくなるということです。

 

「日本経済がヨーロッパの社会にまけないようなルールをつくる」と言いながら、具体案がまるで無し!

「経済改革を実現していけば」と言いながら、共産党自体が全くの経済音痴で、何が問題点で何を改革すべきかの案が全く無し!

 

そして、ソ連自体の崩壊、ソビエト同盟の中国や北朝鮮も日本の経済的援助(ODAや投資)がなければたちまち最貧国となる脆弱さについては、何の評価も反省も無し!

 

「民主連合政府」になれば監視社会となり、国民の「自由」は奪われてしまうでしょうね。

 

さて、中国共産党日本共産党中国共産党日本支部)も、「マルクス・レーニン主義」を党の指針としているのですが…

   ⇓ 

産経新聞2017年10月12日

中国 7中総会開幕

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>党規約冒頭の「総則」は、党の行動指針として「マルクス・レーニン主義」「毛沢東思想」「鄧小平理論」と江沢民国家主席が唱えた「三つの代表の重要思想」、胡錦濤国家主席の「科学発展観」を列挙。 以下略

 

 しかし、ヨーロッパでは「マルクス」は毛嫌いされているようです。

   

WOPLD 2019.2.17

マルクスのお墓が荒らされる「憎悪の教え」と赤ペンキで落書き】

マルクスの墓が荒らされるのは、今月2回目。「集団虐殺の立案者」などと落書きされていた。 

ハフポスト日本版編集部

 

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>ロンドンのハイゲイト墓地にある経済学者カール・マルクスの墓碑に、「憎悪の教え」「集団虐殺の立案者」などと赤いペンキで落書きされているのが2月16日に見つかった。この墓碑が荒らされるのは、今月2度目。墓地のツイッターが落書きされた画像をTwitterで公開した。

 

 墓碑は、2月4日にも荒らされており、このときはハンマーのようなもので、大理石の部分が何箇所も傷つけられていた。

 

ハフポストUK版によると、2月上旬の荒らしによる逮捕者はまだ出ていない。

 

 マルクスは、ドイツの共産主義思想家・運動家で、いわゆるマルクス主義の祖。マルクス主義は、エンゲルスとともに打ち立てられた理論で、資本主義社会をブルジョアジープロレタリアートの対立としてとらえ、プロレタリア階級の勝利によって無階級社会(社会主義共産主義)を実現していかなければならないとしている。

 

 ワシントンポストによると、墓標には「バンコクの労働者よ、団結せよ」という、『共産党宣言』の一文が刻まれており、上部にはマルクスの胸像がある。

  

なんと皮肉なことに、中国や北朝鮮には「労働組合」が無いですよね!

マルクス」「プロレタリア独裁」はどこへ行った?

先日は、中国で「労働組合結成」を訴えた学生7人が行方不明になったというニュースがありましたが…

共産国が「労働者」の団結を阻止するという、摩訶不思議なことが起きています。

 

憎悪の教え」「集団虐殺の立案者」とは、的を射た落書きですよね

何しろ、20世紀前半だけで1億人の人民が虐殺されているんですから。

 

しかし、そのうち6000万人とも7000万人ともいわれる人民を大虐殺した人物(毛沢東)を「建国の父」とし、自国の紙幣の肖像画にも使っているのが、マゾ的中国人ですよね。

笑うに笑えない、自虐的国家ですね。

 

共産主義黒書 犯罪・テロル・抑圧 コミンテルン・アジア篇】ステファヌ・クルトワ、ジャン=ルイ・パネ、ジャン=ルイ・マルゴラン著

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>最初からコミンテルンは、レーニンが国際的な秩序を転覆させる道具のひとつとして構想したものであり―その他の道具には、赤軍、外交、スパイ活動などがあるが—したがってコミンテルンの政治的教説はボリシェヴィキのそれを忠実に下書きしたものだった

 

まさしく、中国共産党は「国際的な秩序」を転覆・破壊しまくっていますね!

 

時事通信 2017.11.9

ロシア革命「歴史的意義」=共産・志位氏】

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>志位氏は、革命によるソビエト政権の樹立に関し、「民族自決権の旗を初めて無条件に掲げて実行した。暮らしと経済という点では、社会権という問題を初めて掲げた。社会保障という言葉が初めて出てきたのもここからだ」と指摘した。

 

まず、「ロシア革命」というと「皇帝ニコライ二世一家の虐殺」思い起こしますよね。

 

ロマノフ家の処刑 - Wikipedia

ロマノフ家の処刑 Wikipediaより

ニコライ2世とその家族は、ウラル地区ソビエトの命令により、ユロフスキーが指揮するボリシェビキ軍により殺された。その際遺体は切り裂かれ、焼かれ、コブチャキ街道沿いの森の中にあるガニヤ・ヤマと呼ばれる野原に埋められた。

(中略)

>ユロフスキーはニコライの胴体にコルト銃を向け発射したと伝えられ、ニコライは集められた狙撃手全ての標的であり、多くの銃弾に射抜かれてすぐに死んだ。

有頂天になったヴェルフイセック担当の軍事委員ビョートル・エルマコフは、頭部に当たった銃弾でアレクサンドラを射殺した。その際、大腿部を撃ちながら二重扉に向かって走ったマリアを撃った。

残りの処刑者は、部屋が誰も暗闇の中で何も見えなくなり騒音で指令が全く聞こえなくなる位に煙と塵で満たされるまで入り乱れて互いの肩越しに射撃した。

(中略)

銃床と銃剣で一家と犬を殺すように衛兵に言った。

(中略)

煙が少なくなるのを待つ間、殺人者は室内の呻き声と泣き声を聞くことができた。煙が晴れると一家の召使の数人が殺されていたが、帝室の子供の誰もが生きていないだけでなく、滅茶苦茶な過程で誰も負傷さえしていなかったことが明らかになった。

銃声はその場にいた家族に聞こえてしまい、多くの人を起こした。処刑者は今度はもっと正確に頭部を狙って無駄だと証明し、子供が更に多くの銃撃で殺されることを意味する技法である銃剣で続けるよう命令された。

ツァーリ―の息子が最初に処刑された子供であった。(中略)アレクセイにブローニング銃の銃弾を使い果たしたので疑惑の目で見ていて、アレクセイは下着や略帽に縫いこんだ宝石を持っていた。エルマコフは銃撃で突き刺し、失敗するとユロフスキーはすぐに横に押しやって頭部を銃撃してこの少年を殺した。 

(中略)

遺体は草むらに横たえられた。また、衣類や貴重品はユロフスキーの従者により剥ぎとられ、ユロフスキーが宝石類の目録を作っている間に前者は山積みにされて焼却された。

(中略)

遺体は立て杭に放り込まれ、硫酸を振りかけられた…

以下略

 

あっ、そういえば…日本共産党の綱領は「天皇制打倒」でしたね。

共産党の方々は、このような残虐な「ロシア革命」を本当に有意義だと思っているのでしょうか?

 

 ※「ボリシェビキ」の後継が「コミンテルン(国際共産主義共産主義インターナショナル第三インターナショナル」です。

     ⇓

神戸大学新聞文庫

大阪毎日新聞 大正8年

ボリシェヴィキ(上・下)】

黒龍州執政官ニコライ・マツウェーエフ

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>(上)

ボリシェヴィズムに関する問題は現代社会に於て最も重大なる問題となったので、之に対して正しい見解を下すということは啻に露西亜人に取りてのみならず、全世界のために重要な事であると信ずるが故に、余は全力を挙げて露国ボリシェヴィキの正体を明らかにせんと試むるものである。

 

何故に余がその必要を認めるかといえば、若し世界が彼等の争闘を黙許し、彼等の跳梁を縦にさせたならば、血潮は全世界に溢れ幾百万人の犠牲者を出し幾十億の財貨を失って、今日露西亜に於いて演ぜられている活劇が全世界に広げられその結果として国家は破産し総ては新規蒔直しせねばならず、その次に来るべき時代がもっと善く、もっと純潔で、そしてもっと人道的であることを信ずべき何等の理由を有せずして総てが破壊するからである。

以下略(※この先もかなり重要なことが書かれていますが割愛させていただきます<(_ _)>)

日本では、すでに「ボリシェヴィキ」の危険性を察知していたようです。

 しかし、共産主義者の引き起こした戦争に引きずり込まれてしまい、日本は多くの血を流すことになりました。

中国やソ連北朝鮮などの共産国は戦争をしてもないのに、多くの血を流すことになりました。

「戦争」より怖いものは「共産主義思想」ということかも知れません。

 

 ※「ブローニング銃」は、レーニンが買い占めていた銃で、伊藤博文を暗殺したといわれる「安重根」も「ブローニング銃」を持たされていました。

また、昭和の初めに日本の首相などが暗殺された5.15事件などの事件がありましたが、「血盟団」が持っていたのは「ブローニング銃」でした。

安重根」も「日本のテロリスト」なども…ロシア(ソ連)と繋がっていたようです。

 

さて、日本共産党が言いうようにソ連政権は本当に「社会保障」などで、国民生活を豊かにしたのでしょうか?

    

神戸大学新聞文庫 時事新報 大正6年

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>非常識の要求

>(二)危険なるレーニン主義の宣伝

過激派のレーニンが露都に帰還したレーニンは本姓をウリャノフと伝い千八百八十年カザン市大学に在学中の彼の兄が時の皇帝アレクサンドル第三世を暗殺した事件に連座して退学を命ぜられレーニン社会主義の研究に一身を委ねマルクス派に心酔し社会経済学に関する著書を公にしたが其中で有名なのは『帝国に於ける資本主義革命』と題する書である  千八百九十年頃から自ら革命運動にあった彼は千九百年頃から…

(中略)

風説に拠れば独逸政府では独逸の為にレーニンを利用する時は屹度役に立つ男と見込んだのでレーニンの為に特別列車を仕立て案内者まで附して●国から伯林を経由し丁抹国境まで送り届けた、之が抑も後に至り独探の嫌疑を受ける原因となったのである

以下略

 ※赤字の部分がどういう意味を持っているかを、もう少し詳しく紹介します。

 

共産主義黒書 ―犯罪・テロル・抑圧】より

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>1887年3月1日、ツァーリ・アレクサンドル三世に対する暗殺事件が起こった。事件は未遂に終わったが、犯人たちは逮捕された。

そのなかにレーニンの兄、アレクサンドル・イリッチ・ウリヤーノフがおり、彼は共犯の4名とともに絞首刑に処せられた。

この体制への憎しみは深くレーニンの心に根をおろしていた

のちに1918年、政治局員も知らぬうちに、ロマーノフ皇室一家の殺戮を決定し組織したのはもとよりレーニンその人だった。 以下略

つまり、ロシア革命―皇帝一家暗殺は、レーニンの個人的恨みによる復讐劇だった―ということでしょうか…

 

神戸大学新聞文庫

国民新聞 大正11年7月22日

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>露国の四年間の死刑数

 百七十七万余人

 

 多少の宣伝が含まれているかも知れないが労農政府の統計として伝えられてる労農政治開始以来四年間に死刑に処せられた者の数は左の如くであると(某所著電)

△僧侶1238人 △教授及教師8800人 △医師及助手6775人 △陸軍将校5万4560人

憲兵及警察官4万8800人 △兵卒26万人 △警察官吏1万5000人 △地主(貴族に属するもの)1万2950人 △労働者19万2350人 △知識階級35万5350人 △農夫81万5100人 △合計177万913人

 「労農党」が「農夫81万5100人」も殺害するなんて…ハチャメチャですよね。

共産主義」が去った後にはぺんぺん草も生えてこない…赤露が大飢饉に見舞われるのは当然の結果といえるでしょう。

   ⇓

神戸大学新聞文庫

大阪朝日新聞 大正10年

赤露の大飢饉(上・下)】

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神戸大学新聞文庫

京城日報 昭和3年 10月21日

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>労農ロシアの失業者三百万人

秋の収穫が終われば更に五十万人増加の見込み

 

神戸大学新聞文庫 

東京朝日新聞 昭和10年3月21日

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>昔の特権階級を露国流刑に処す

住居規則違反を理由に 1千余名を捕縛す

 

怖ロシヤの一言に尽きます!

ロシア国民はソビエト政権になり、「暮らしと経済」は地獄に落ち…というか、「天国」に召されるということになっちゃいましたね。

「生活保障」も餓死と銃弾を浴びせられて…必要ありません。

 

もうね…日本共産党って…非常識を超えて…狂っているとしか思えないですね。

世界広しといえど、こんな狂酸党がいまだに存在しているのは、日本の恥ですよね。

 

最後までお付き合いくださいまして有難うございます。

誤字、脱字がありましたらご容赦くださいませ。

リンクフリーの記事です。皆様のお役に立てましたら幸いです。

日本共産党の「日本人民共和国憲法(草案)」

今日もお立ち寄り有難うございます。

 

先日の5月1日は「メーデーの日」でしたね。

昨年、日本共産党の熾烈な武装闘争「血のメーデー事件」の記事を書きました。

「血のメーデー事件」1952年5月1日 - 姥桜

 宜しかったら、こちらにも目を通してください。

 

さて、今日は「憲法の日」ですね。

敗戦後、占領軍によって押しつけられた憲法で、70年以上もそのまま放置していた憲法ですが、その間、日本の「竹島」は卑怯な韓国に武力で盗まれ、独裁政権北朝鮮には多くの日本国民が拉致されました。

また、今では連日のように中国船が尖閣諸島に侵犯してきています。

 

本当に“役立たず”な憲法ですよね。

自国の領土や自国民を守れない憲法を「平和憲法」と〇かす輩がいるのには、本当に困ったものです。

 

HTBニュース 2019.5.3

憲法f:id:chaonyanko2:20190503144927p:plain

憲法9条を守ろうと市民団体が集会を開いています。

 

北朝鮮は、こういう“護憲派”を拉致すれば問題なかったのにねぇ。

「9条の会」の連中なら“熨斗をつけて”プレゼントをしてあげたのに。

本人たちも、嬉しくて涎が出っぱなしでしょうに。

 

「9条の会 発起人」

三木睦子

 ・第66代内閣総理大臣三木武夫夫人

 ・韓国の金大中ノーベル賞を受賞した際に、日本人拉致を指導し、国民を餓死・虐殺していた金正日に対して「金正日総書記も一緒に受賞して欲しかった」と発言。

 ・2001年に北朝鮮から、平壌の万寿台議事堂で親善勲章第一級を授与される。

 ・「従軍慰安婦たちへの国家賠償を求める活動」「朝鮮の子供達に玉子とバナナをおくる活動」など、朝鮮関係に命を捧げた。

 

鶴見俊輔

 ・1941年、米国留学中に無産政府主義者(共産主義)としてFBIに逮捕される。

 ・ベトナム戦争の時期は小田実とともに、ソ連KGBから資金的、物質的に援助を受けたべ平連の中心的な活動をした。

 ・1969年、北朝鮮工作員で韓国から死刑判決を受けていた任錫均が日本に密入国した際に、「釈放デモ」を起こし、同年8月に任錫均は釈放される。

 ・韓国人密入国者収容所の「大村収容所」の廃止運動をする。

 (釈放された任錫均(別名:朴正功)は、日本共産党系の通信制大学「勤労者通信大学」で、朝日新聞記者の本多勝一(別名:熊谷京介)を指導する)

 (本多勝一:生年月日不詳。1970年代に「南京大虐殺」を訴える『中国の旅』を出版し、朝日新聞も連載する)

 

小田実

 ・「ベトナムに平和を!市民連合(べ平連)」を結成。

 ・ソ連の崩壊により、べ平連がKGBから資金的、物理的援助を受け、ソ連のスパイ役もしていたことがバレる。

 ・「なんでも見てやろう」という嘘八百北朝鮮賛美の著書がベストセラーとなり、自国民や日本人妻を収容所に送り虐殺していた金日成から称賛される。

 ・妻は在日朝鮮人

 ・独裁テロ国家の北朝鮮を訪朝した際に、「故郷に帰ったよう」と感激した土井たか子を支持していた。

 

井上ひさし

 ・「ひょっこりひょうたん島」などが有名。小説家。

 ・母親が義父を追い出し、店を乗っ取るも倒産。生活苦から兄弟で孤児院に預けられる。

 ・大人しい弟は、いつもいじめられていたが、ひさしはいじめっ子と一緒になって弟を苛めていた。

 ・学生時代は「赤線」に通いつめて2か月で15万円を使い果たす。

 ・残忍や猟奇的な物事を好み、動物虐待や家庭内暴力に耽っていた。

 ・少年時代は猫にガソリンをかけて火をつけたり、猫を30メートルは優に超える火の見やぐらの天辺から落として楽しんでいた。

 ・先妻に対して暴力を働いて離婚。先妻は肋骨、鎖骨にひびが入り、鼓膜は破れ、全身打撲。顔はゴムまりのように腫れあがり、耳と鼻からは血が噴き出ていたことを楽しそうにエッセイに書いた。

 ・シベリア抑留から、中国共産党に引き渡され、朝鮮人党員から洗脳されて帰還した「中帰連」の証言に、異常に興味を示した。

 ・後妻は日本共産党中央委員会常任幹部員。井上自身も共産党支持で赤旗の日曜版にも執筆した。

・徹底した「天皇制批判」者だった。

 

大江健三郎

 ・小説家で日本軍悪のイデオロギー本の『沖縄ノート』を執筆。元守備隊長を「屑〇者」、渡嘉敷島の住民を「土〇」と表現する。

 ・1961年北鮮送還について、「自分は帰るべき朝鮮がない、なぜなら日本人だから」と語る。

 ・旧社会党(後の民主党)の田辺誠が総評のお金3000万円を寄付して中国に建てた「南京大虐殺記念館」に何度も足を運び献花をする。

 ・1967年の中国の核実験の成功について称賛し、キノコ雲を見守る中国研究者らの表情を「いかにも美しく感動的であった」と評している。

 しかし、日本の核の平和利用に対しては「脱原発」で活動。

 ・尖閣諸島竹島は日本が過去に侵略したものだと主張。

 ・天皇制反対、自衛隊反対、護憲。

 

「9条の会」の方々は皆トンチンカンで、“コミンテルン宗教”の残党みたいな感じですね。

 

さて…ここから本題の「日本共産党民共和国(草案)」に入ります。

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日本共産黨の日本人民共和國憲法(草案)(テキスト) | 日本国憲法の誕生

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>前文

 天皇制支配体制によってもたらされたものは、無謀な帝国主義侵略戦争、人類生命と財産の大規模な破壊、人民大衆の悲惨にみちた窮乏と飢餓とであった。この天皇制は欽定憲法によって法制化されてゐた様に天皇が絶対権力を握り人民の権利を徹底的に剥奪した。それは特権身分である天皇を頂点として、軍閥と官僚によって武装され、資本家地主のための搾取と抑圧の体制として…以下略

 

日本共産党憲法草案には、第一にコミンテルンの32年テーゼ(天皇制打倒)が謳われているのです。

本当に呆れるとしか言いようがありません。

これでは、日本は「ソ連領」になってしまいます。

   ⇓

次に、日本共産党に出したコミンテルンの「天皇制打倒」についての指導綱領を紹介したいと思います。

 

日本共産党の研究 上】立花隆

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天皇制打倒の「32年テーゼ」

 ともかく、日本の体制を絶対君主制とみた32年テーゼの立場からすると、戦略目標の筆頭にはどうしても天皇制打倒がくる。

 

 「天皇制国家機構は、搾取諸階級の現存の独裁の強固な背景となっている。その粉砕は日本における主要なる革命的任務中の第一のもとみなされなければならない」

 

 とにかく、何よりもまず天皇制を倒せというのが32年テーゼのエッセンスである。

 

 前にも述べたが、コミンテルンは…天皇制を西欧の専制君主制の延長上にしか見られなかった。 つまりロシア革命前のツァーや、ドイツ革命前のカイゼルのようなものが天皇制であると考えていた。

 だから、すでに民衆の中で天皇への怨磋の声が高まっており、それに加えてさまざまの社会矛盾からくる民衆の不満を組織して、この一点に向けさせれば、かつてのロシアやドイツで「ツァーを倒せ」「カイゼルを倒せ」の声が民衆の間にまき起こったように、日本でも「天皇制を倒せ」の声がワッと出てくるものと想像したらしい

 

 32年テーゼは、天皇制打倒の可能性に関する情勢分析の中で、こう述べている。

 「たとえば、天皇即位式にたいする抗議の示威のごとき(かかることは以前にも決して起こらなかったことだ)、天皇の『神聖な』写真を安置せる建物が村民の群衆によって破壊されるということがごとき例が、その証明である。 従来の温情主義的伝統および家父長制度全体が急速なる崩壊の過程をたどっている。 天皇制反対の革命的気分は陸海軍の中に、学生層、等々の中に浸潤しつつある」

 

 誰が見ても、現実から完全に遊離した分析である。まるで山から小石が一つころげ落ちてくるのをみて、これは山全体がくずれつつある証拠だというがごとき分析である。

現代の過激派の情報分析にも、かなり現実から遊離したものが見受けられるが、それにしてもこれほどひどくはない。

 

 なぜこんなことになったのか。32年テーゼ作りに直接タッチした山本正美はこんな説明をしている。

 

山本:当時はベルリンから資料がくる、そのベルリンからくる新聞雑誌でしょうな、第一の責任は。

 野村:その、ベルリンからモスクワに入ってくる資料というのは、つまり日本の新聞雑誌の類なんですか。

 山本ええ、『赤旗』だとか……

 小山:そうした日本の非合法の文書や左翼文献がずい分モスクワに行って、評価されますね。

 山本:ええ。

 小山:すると、それらが唯一の資料となって、それを基礎にした日本の情勢分析や戦術方針がこっちにうち返されてくる。こっちでは、まあわれわれが、反対の条件や情勢をまともにうけているんですよね。 するとそこが非常なくいちがいが生ずる。 極端にいうとね、何だか一面的な革命要素の過重評価ばかりやられて居るような……。 内地でごく局部的な事件とか組織とかが、むこうで特筆大書される。 するとそれが、日本全国にみちみちた普遍現象の代表例かのようになって、こっちが逆におどろいてしまうんですね。時にはこっち自身で、そのような錯覚さえうむんです。そこに日本の現実と、モスクワ次元の見方との落差というのか……」(「『32年テーゼ』制定の前後」李刊『現状分析』1963・7月号)

 

 前にも述べた、日本とモスクワの間の情報ラグの問題が、こうした悲劇的テーゼが生まれる背景にあったわけである。 以下略

 

少し長い文章になりましたが、いかがに感じましたでしょうか。

自分達が書いたトンチンカンな『赤旗』が、トンチンカンなモスクワによって「綱領」となってかえってくる…

 

しかも、現代においても、「トンチンカンな天皇制打倒闘争」が「トンチンカンな輩」によって展開されているのです。

もう、90年近く時が流れているというのに…

さらに、時代遅れのトンチンカンが延々と続くと思うと、やりきれない思いがします。

 

因みに、そのトンチンカンな『赤旗』が、韓国の歴史認識となっているのですから…いやはや…なんとも言葉が出ないですね。

韓国の歴史認識は『赤旗』のプロパガンダが用いられていた。 - 姥桜

 

しかも、トンチンカンな32年テーゼで、実際に「昭和天皇」は、朝鮮(韓国)人によってお命を狙われていたのです。

 

因みに、「天皇制」が戦争を引き起こしたわけでもなく、「日本が侵略戦争」をしたわけでもありません。

先の「支那事変(中国では日中戦争と呼ぶよう要求)」や「大東亜戦争アメリカでは第二次世界大戦と呼ぶよう要求)」を起こさせたのは…

日本共産党コミンテルン日本支部)の教祖様:スターリンだったのです。

 

その工作員が日本はじめ米国に入り込んで、あの悲惨な戦争へと突き進んだのです。

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GHQ知られざる諜報戦】C.A.ウイロビー著より

 

ソ連のスパイ

リヒアルト・ゾル

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ソ連のスパイ

尾崎秀実

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ソ連のスパイ

マックス・ゴットフリード・フリードリッヒ・クラウゼン

ブランコ・ド・ヴーケリッチ

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【亡国 スパイ秘録】佐々淳行著より

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今日も、長い文章にお付き合いくださいまして有難うございます。

誤字脱字がありましたらご容赦くださいませ。

リンクフリーの記事です。皆様のお役に立てれば幸いです。

韓国の歴史認識は『赤旗』のプロパガンダが用いられていた。

今日もお立ち寄り有難うございます。

昨日は、第126代令和天皇の即位儀式も無事に行うことが出来て喜ばしい限りです。

 

さて、何やら「反天連」とかいう、過激派「日本革命的共産主義者同盟」が街角に繰り出していたようですが、この頭のオカシイ連中もいまだに「コミンテルン」のテーゼを守り続けているんですね。

もうカルト宗教の域に達していますね。 オ〇ム真理教の信者が消えないみたいに、頭が狂いまくってしまう人間っていますね。

こういうカルト団体は、どこから資金を得て活動しているのでしょうか?

 

 

日本共産党 しんぶん赤旗 2019.3.3

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>韓国の植民地歴史博物館訪問

 小木曽編集長 戦前「赤旗」の資料寄贈

 (中略)

 席上、小木曽局長は「三・一の記念すべき日に博物館を訪れ、韓国・朝鮮人民との深いかかわりを示す戦前の『赤旗』資料を寄贈できることをうれしく思います」と語りました。

 

韓国の歴史認識日本共産党プロパガンダ紙『赤旗』を参考にして出来ていたんですね。どおりで「デタラメ」「捏造」「共産主義者的」なことを韓国人が発っしているのか、理由がわかりました。

 

「徴用工」とする炭鉱夫の写真が、実は「日本人」だったり、「徴用工像」も実は「旭川の新聞で報じられた日本人」だったりして、捏造が甚だしいですよね。

韓国の悪辣な捏造写真 - 姥桜

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韓国は一体、どこからこのような日本人の写真を手に入れたのだろうか?と思っていたんですよ。

日本共産党は『蟹工船』という「プロレタリア本」を出していますが、これらの類の「赤旗」をそのまんま信じる韓国政府も…いかがなものかと思いますね。

 

神戸大学新聞文庫

大阪朝日新聞1928.4.11

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日本共産党は初期の目的を遂行するために

 (中略)

 また中央機関紙として『赤旗』及び『共産党パンフレット』あり、その他地方機関または工場細胞において発行するものに

赤色信越』『北海労働者』『北海通信』『階級戦』『先駆者』『火花』『前衛』等ありて秘密連絡の方法により、巧みにこれを党員または左翼労働者、農民党等に頒せり、その内容はいずれも大衆の現実的闘争を題材となし、中央機関紙はこれを利用して党の成功政策を伝播し、大衆をして共産党に共鳴せしめ、或いは党員を指導激励し、また地方の機関紙『工場新聞』等はその地方または工場内に起きたる当面の問題を捉え、巧みにその主義の宣伝をなしおれり 以下略

 

赤旗』は「プロパガンダ(特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持つ行為)紙」であることは、普通の頭を持った人なら理解できるのですが…

韓国には理解する頭がないんでしょうね。

 

日本共産党 しんぶん赤旗 2019.3.3

>任軒永(イム・ホンヨン)所長は「同館の目的は東アジアの平和であり、それには歴史の清算なくしては実現しない。その立場は『赤旗』と共通している」

 

>「歴史の清算なくしては実現しない

それが「従軍慰安婦問題」「徴用工問題」で賠償金おかわり訴訟ということなんですね。

 

日本共産党しんぶん赤旗

>日本に過去の清算求め国際大会 ソウル

 アジアの連帯願い

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>日本から土屋公献・元日本弁護士連合会長を団長に七十三人が参加

 

土屋公献弁護士は「朝鮮総連顧問弁護士」であり、中国共産党対日工作組織「世界抗日戦争史実維護連合会」の弁護団長です。

日本共産党は、「朝鮮総連」と「中国共産党対日工作組織」と“連帯”していたということですね

 

因みに、中国共産党は「731細菌部隊対日賠償訴訟」「重慶大爆撃対日賠償訴訟」などがあります。

 

>「アジアの連帯」

とは、「中国共産党」「北朝鮮」「日本共産党」「日本の極左集団」&「韓国」のことなんでしょうか。

つまり、韓国は完全に「赤化」しているということですね。

 

しかし…

「賠償金」なら、すでに「日本共産党」と「朝鮮総連」が日本企業から未払い賃金を受けっているのですから、取り立ては「日本共産党」と「朝鮮総連」にするのが“スジ”というものです。

徴用工の未払い賃金は、韓国政府、朝鮮総連、日本共産党に請求せよ! - 姥桜

日本共産党は、その事実を隠して、日本政府や企業を追い詰めようとしています。

日本共産党って、〇ズですね。汚いです。

 

 

ところで、韓国がまたまた汚いことをしています

 

朝鮮日報 2019.4.25

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>今年3月から全国の小学6年生は3年ぶりに改訂された社会科の教科書で授業を受けている。ところがこの教科書には1960-80年代の韓国の経済成長を意味する「漢江の奇跡」という言葉がない以前の教科書には経済開発5カ年計画の成果として紹介されていた。 以下略

 

驚きましたね。

韓国は今までも「漢江の奇跡」は日本の援助で発展したことを隠していたんですね。「漢江の奇跡」は、1965年の「日韓基本条約」で、日本から5億ドル(当時)と技術援助で経済発展出来たものです。

しかし「日韓基本条約」そのものは学校で教えてなかったんですね。

 

(※中国共産党も、日本からのODAと技術援助で経済発展してきたことを、国民には教えていません。)

 

しかも、今回から「漢江の奇跡」自体がなかったことにする…

これはどういうことなんでしょうか?

日韓基本条約」では、「個別の補償金」まで含まれているわけです。

つまり、この基本条約を守るということは、自称徴用工たちに補償金を支払わなければならないのは「韓国政府」ということなんです。

 

韓国政府は、国家間の条約まで“なかったこと”にしてしまいました。

それならば、当時の「5億ドル」と「違約金」と「利息」をつけて日本に返すべきではないでしょうか。

また、戦前、韓国に残してきた資産を日本に返す義務があります。

日帝残滓」と言って、日本統治時代の資産をぶっ壊しているわけですから、現金にして返済してもらわなければなりませんね。

 

韓国って、なんて汚い国なんでしょうか。

韓国って、ク〇ですね。

 

最後までお読みくださいまして有難うございます。

誤字、脱字がございましたらお詫び申し上げます。

リンクフリーの記事です。皆様のお役に立てれば幸いです。

 

 

 

 

 

 

悠仁さまを狙った猟奇的な刃物男逮捕

今日もお立ち寄り有難うございます。

 

悠仁さまを狙った猟奇的な刃物男が逮捕されましたね。

不思議なのは、男が、悠仁さまが学ばれている教室を知っていたこと、教室が空っぽになる時間帯を知っていたことです。

とても偶然とは思えません。内部に共犯者がいるのでは?と疑いたくなるような事件ですね。

背後関係も徹底的に調査されることを願います。

 

さて、時期的にも…明仁天皇の譲位で皇太子徳仁親王が即位されるという、日本国民にとって大事な時であって…

 

戦前に「大韓民国臨時政府」の「金九」の指令で、昭和天皇の暗殺が計画されました。

幸いにも、天皇陛下はご無事で、犯人の朝鮮人李奉昌(別名:浅山昌一)は逮捕されました。

 

神戸大学電子図書館システム

大阪朝日新聞1932年1月9日(昭和7)

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天皇陛下陸軍始め観兵式行幸より還御の御途中歯簿桜田門外に差しかからせたる際警衛事故発生したるがその概要左の如し(一部号外再録)

 

本日午前十一時四十四分ごろ歯簿麹町区桜田町警視庁々舎前街角にさしかかせたる際奉拝者線より突然歯簿の第二輛目なる宮内大臣の乗車の馬車(御料前方約十八間)に手榴弾ようのものを投じたるものありたるが、同大臣乗車の左後車輛附近に落ち御無事宮城に環幸遊ばされたり、

 

犯人は警視庁警視石森勲夫、巡査本田恒義、山下宗平及び河合憲兵上等兵、内田憲兵軍曹等に於てこれを逮捕し警視庁に引致した目下取調中なるが其氏名年齢左の如し

 

朝鮮京城生れ 浅山昌一事 土工 李奉昌(当三十二年)

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因みに、「金九」や「李奉昌」は韓国の“英雄”として祀られています。

           

東亜日報1999年4月15日

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「金九(別名:金昌洙)」は、日本人殺害(鴟河浦事件)で死刑を宣告されていましたが、その後、脱獄しています。

 

「鴟河浦事件」Wikipediaより

>日本人(土田:日本人商人)がわき目をしているうちに足で蹴り倒し、手で撲殺し凍った川に捨てた。

 腹にあった財布からのお金で宿賃を支払い、3人の資金として使うことにした。

 奪ったものは、環刀、ロバ1頭 小判75両程度

 

「金九」Wikipediaより

「倭奴(ウエノム)の頭から足の先まであちこちを切りつけた。二月の寒い明けがたのことで、氷が張っていた地面に、血が泉の湧くように流れた。わたしは手でその血を掬って飲みまたその倭(ウェ)の血を私の顔に塗り付け…」

―金九、『白凡逸志』日本語版 平凡社(1973年)79ページ

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※韓国では、日本人を惨殺した人物は、みんな「英雄」となります。

しかも、韓国人の「残虐性」は、地球上でも類を見ない猟奇的なものがありますね。

 

1968年に在日韓国人二世の「金嬉老」が借金のトラブルからライフル銃で日本の暴力団員を殺害したのですが、釈放後に韓国政府から援助されて、プチ英雄視されます。

しかし、また、強盗殺人を起こします。

韓国では、日本人を殺害した者は、どんな犯罪人でも英雄なんですよね。

変な国です。

 

 

1924年には「二重橋爆弾事件」というのがありました。

犯人は「上海義烈団の金祉燮(キム・ジソプ)」ですが、1962年に「大韓民国勲章大統領章」を追利されています。

因みに「義烈団」は、北朝鮮の政治家の「金元鳳」が作り、活動した団体です。

「抗日のテロリスト」は、みんな「韓国の英雄」になるようですね。

 

 

世界広しといえど、「テロリスト」を「国の英雄」として称えるのは、韓国くらしかないでしょうね。

「韓国の常識」は「世界の非常識」ですね。

 

日本共産党研究 下】立花隆

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>先に述べたように、この時代も党も全協も末端の活動力は大きく朝鮮人に負っていた。全協でいえば、構成員の30%から40%が朝鮮人で占められていた(32年で半数、33年は過半数になっていたという推定もある)。

 

 朝鮮人活動家は、日本人よりもはるかに戦闘的だった。

(中略)

 特に天皇制打倒とのかかわりにおいては、朝鮮人は先鋭的だった

(中略)

朝鮮人にとっての天皇とは、朝鮮を植民地として支配する日本帝国主義の政治的シンボル以外のなにものでもなかった。共産主義者にあらずとも彼らの民族感情が民族解放をめざしており、それが天皇制への対決に導かれていくことはごく自然の成りゆきだった。

だから、多くの日本人労働者をとまどわせた天皇制打倒綱領は、朝鮮人労働者に対しては眼からウロコを落とさす作用を持ち、朝鮮人たちは党への強固な支持を与えたのである。

    

この当時の内容をしんぶん「赤旗」で、次のように記事にしています。

    

しんぶん赤旗2019年2月27日)の【三・一独立運動から100年 日本のメディアはどう伝えてきたか】の一部を抜粋します。

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1922年、植民地の完全独立を正面からかかげる日本共産党が誕生し、1928年に「赤旗(せっき)が創刊されたことで初めて実現しました。

 

 赤旗」は創刊以来、「朝鮮独立闘争への連帯」を訴え、とくに三・一運動を記念する「三・一闘争」とともに、韓国・朝鮮人民が「国恥記念日」と呼ぶ韓国併合を強行した日を記念する「八・二九闘争」を重要な任務として毎年のように呼びかけてきました

中でも1931年3月1日付掲載の「三・一記念日」と題する論評は、関東大震災の多数の朝鮮人が虐殺された歴史にふれ、日本の労働者階級にとって「最も恥づべき頁として記憶しなければならぬ」「我々日本のプロレタリアートはこの時の恥を雪(そそ)がねばならぬ」と朝鮮人民との連帯を表明し、今日につながる重要な行動提起となっています

(以下略)

※「関東大震災の時の朝鮮人大虐殺」は、ありませんでした。

1923年の「東京時事新報」でも、「内鮮人にして殺害されるもの算無く」と書かれており、

平成29年の産経新聞に、日本政府は「大正12(1923)年の関東大震災の際に起きたとされる朝鮮人、中国人の“虐殺事件”への関与について、“調査した限りでは、政府内にその事実関係を把握することのできる記録が見当たらない”とし、“遺憾の意を表明する予定はない”とする答弁書閣議決定した」という記事が載っていました。

 

産経新聞2017年5月13日

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ここでも、日本共産党は“嘘”をついて、朝鮮(韓国)人を「反日」へと煽動しています

 

※1922年に、日本共産党ソ連コミンテルン(国共産主義共産主義インターナショナル)から「コミンテルン日本支部」として「承認」されます。

※「22年テーゼ」

 1922年にコミンテルンブハーリンが起草した「日本共産党綱領草案」は、

君主制の廃止

軍隊の廃止

労働者の武装

朝鮮・中国からの撤退

(※ソ連はロシア時代から「不凍港」を欲し、「南下政策」をとり、朝鮮半島満州地域を狙っていました。また、レーニンは「共産主義の世界化」を目論んでいましたので、「反共」の日本が朝鮮や満州を支配するのは脅威でした。また、日露戦争で旧ロシが敗けていますので、ソ連にとって日本軍は脅威だったと思います。)

・土地の公有化

 

※「27年テーゼ」

 ・日本は封建的国家であり、近代国家として熟成しているとは言いがたい

 ・君主制の廃止

 ・日本共産党は当分の目標としてブルジョア革命を目指すものとする

 ・ただし その際のヘゲモニープロレタリアート、農民がとるものとする

 

※「32年テーゼ」

 日本の支配体制を絶対主義的天皇、地主的土地所有、独占資本主義の結合と規定し、当面する革命は絶対的主義的天皇制を打倒するためのブルジョア民主義革命(反ファシズム解放闘争)であり、プロレタリア革命はその次の段階であると位置づけた(二段階革命論)。

 

 反天皇制に加え、寄生的土地所有の廃止、7時間労働制の実現、「帝国主義戦争と警察的天皇制反対、米と土地と自由のため、労働者、農民の政府のための人民革命」をスローガンにする。

 

赤旗」には、書かれていません(というか、隠蔽しています)が、日本共産党朝鮮半島を独立させるために生まれた政党ではなく、コミンテルンの指示により「朝鮮(韓国)の独立運動」を煽動していたわけです。

 

また、日本共産党が「反天皇制」「自衛隊違憲である」というのも、コミンテルンの指示の影響によるものであります。

 

しかし、この「赤旗」の文章を読むと、戦前には日本共産党は、朝鮮(韓国)人と共に、日本の天皇陛下を暗殺しようと企んでいたことが分かりますね。

 

 これらは、もう戦前の話だから…と安心してはいけません。

 

北朝鮮利権の真相】野村旗守 編

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>戦後すぐの時期の、在日朝鮮人運動の「理論」を担当したのが、金斗鎔らの共産主義者である。

 

金斗鎔は「日本における朝鮮人問題」(『前衛』46年2月号掲載)で、朝鮮民族の最大の課題が「人民共和国の建設」であると主張しつつ、日本民族の伝統の結晶である皇室に対する敵意は、共産主義運動の重要な特徴であり、共産主義運動が日本国家を滅ぼそうという策動であることを如実に示している。

 

 当時、在日朝鮮人共産党員は北朝鮮との間を海上、秘密裏に往来し、工作員を日本に密入国させるなどして朝鮮労働党の策動を支援した。

彼らは「アヒル艦隊」「人民艦隊」などと呼ばれた。

 朝連は、昭和24年(49)年9月に団体等規制令を適用されて解散させられる。

 この背景には、朝連と韓国系の居留民団による各地での暴力的衝突があった。

 

 その後の在日朝鮮人の左翼運動を主導したのが、昭和26年(51)年1月に結成された「在日本朝鮮統一民主戦線」(「民戦」と呼ばれる)である。

 この組織の中心的活動家はすべて日本共産党員で、日本共産党民族対策部の指導下にあり、「日本の革命なくして朝鮮の独立なし」と主張した。

 

 日本共産党在日朝鮮人を「在日少数民族」と規定していた(51年2月の第4回全国協議会)から、在日朝鮮人を「日本革命」に利用することが合理化されたのである。

 

 同年8月には、日本共産党の指導下で「祖国防衛隊」という団体が発足し、武装闘争による朝鮮戦争の後方攪乱活動で暗躍していた。

以下略

 

上記の「しんぶん赤旗」は今年の2月27日に発刊されているのです。

そして、「金斗鎔」は、戦後釈放されての「天皇制打倒」の演説です。

今でも、100年前の「天皇制打倒」は続いており、「朝鮮半島」「朝鮮総連」「韓国民団」とも「連帯」して、日本を攻撃し続けています。

 

こんな怖ろしい政党が“合法”の政党であることが不思議です。

今でも「公安警察の監視対象下」に置かれながら、堂々と、日本国民を貶める活動をしていることが、なんとも歯がゆいというか、腹立たしい限りです。

 

悠仁さまの件は、共産主義とは何の関係もないかもしれませんし、変な思想的なものからくるものではなかったにしても、過去の事例に鑑みて、十分警戒し警備を怠ってはならないと思います。

 

最後までお読みくださいまして有難うございます。

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